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東京地方裁判所 平成9年(行オ)1号 判決 1998年7月16日

再審原告

合資会社啓業社

右代表者無限責任社員

本澤裕國

右訴訟代理人弁護士

別紙代理人目録記載のとおり

再審被告

本澤光擴

右訴訟代理人弁護士

河上和雄

丸山武

柳田幸男

秋山洋

髙橋利昌

湯ノ口穰

再審被告

東京法務局台東出張所登記官

橋本忠雄

右指定代理人

小原一人

外四名

主文

一  本件再審の訴えを却下する。

二  再審訴訟費用は、再審原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  再審原告

1  原裁判を取り消す。

2  再審被告本澤光擴の請求を棄却する。

二  再審被告本澤光擴

再審原告の請求を棄却する。

三  再審被告東京法務局台東出張所登記官

本件再審の訴えを却下する。

第二  事案の概要

再審原告が、「社員は他の社員の過半数の決議により退社す。」と定めた定款の規定(以下「本件定款規定」という。)に基づき有限責任社員である再審被告本澤光擴(以下「再審被告本澤」という。)について退社の決議をした上、再審被告本澤の退社を登記事項とする合資会社変更登記申請をし、再審被告東京法務局台東出張所登記官(以下「再審被告登記官」という。)が右申請に基づき登記を行ったところ、再審被告本澤は、右定款の規定及びこれに基づく右退社決議は商法一四七条により準用される同法八六条一項に違反して無効であり、したがって、再審被告登記官がした右登記処分には登記すべき事項に無効原因があることを看過した違法があるとして、再審被告登記官を相手方として、その取消しを求める訴えを提起した(当庁平成八年(行ウ)第二四一号登記実行処分取消請求事件として係属。以下「原訴訟」という。)。原訴訟において審理が行われた結果、平成九年一〇月一三日、本件定款規定及びこれに基づく右退社決議は商法一四七条、八六条一項に違反し無効であるなどとして、再審被告本澤の請求を認容する判決(以下「原判決」という。)がなされ、原判決は確定した。本件は、再審原告が、原判決により権利を害された者として、自己の責めに帰すことができない理由により訴訟に参加することができなかったため、判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法を提出することができなかったと主張して、行政事件訴訟法(以下「法」という。)三四条一項に基づき提起した再審の訴えである。

一  前提となる事実(認定根拠を掲げた事実以外の事実は、再審被告らにおいて争いがなく、かつ、再審原告において明らかに争わない事実である。)

1  当事者

(一) 再審原告は、東京都台東区東上野二丁目一六番五号に本店を置く合資会社である。

(二) 再審被告本澤は、昭和四六年四月一日に入社して以来、再審原告の有限責任社員であり、原訴訟の原告であった者である。

(三) 再審被告登記官は、再審原告の商業登記を管轄する東京法務局台東出張所の登記官であり、原訴訟の被告であった者である。

2  本件定款規定

再審原告は、社員の退社事由につき、その定款一四条(本件定款規定)で「社員は他の社員の過半数の決議により退社す。」と定めている。

3  登記処分

再審原告は、平成七年一一月一四日、本件定款規定に基づき、再審被告本澤を退社させる旨の決議(以下「本件退社決議」という。)を行い、右退社の登記をすべく、本件定款規定に基づき本件退社決議がされたことを原因として再審被告本澤の退社の登記を申請する旨登記申請書(以下「本件登記申請書」という。)に記載し、同年一二月一五日、再審原告の定款及び本件退社決議がされた旨の決議書を添付して、東京法務局台東出張所に対し再審被告本澤の退社を登記事項とする合資会社変更登記申請(以下「本件登記申請」という。)をしたところ、再審被告登記官は、東京法務局台東出張所同日受付第一八六〇六号をもって本件登記申請を受理し、登記原因を「平成七年一一月一四日退社」とする再審被告本澤の退社の登記をした(以下、この登記を「本件登記」といい、登記行為を「本件登記処分」という。)。

なお、本件登記申請書には、本件退社決議に基づいて再審被告本澤の退社登記を申請したことが記載されているが、本件登記申請書及びその添付書類中に、再審被告本澤が退社を申し出、あるいは退社に同意したことを示す記載はない。

4  審査請求及び裁決

再審被告本澤は、平成八年三月一五日、東京法務局長に対し、本件登記処分を不服として審査請求をしたが、同局長は、同年七月一七日付けでこれを棄却する旨の裁決をし、右裁決書は、同日、再審被告本澤に送達された(弁論の全趣旨)。

5  原訴訟の経緯

再審被告本澤は、平成八年一〇月一六日、当庁に対し、本件登記処分の取消しを求める原訴訟を提起した。原訴訟において審理が行われた結果、平成九年一〇月一三日、本件定款規定及びこれに基づく本件退社決議は商法一四七条、八六条一項に違反し無効であり、したがって、本件登記申請書には登記すべき事項につき無効原因があるから、これに基づきされた本件登記処分は商業登記法二四条一〇号に反し違法であるとして、再審被告本澤の請求を認容する原判決がなされ、同判決は、同月二七日の経過により確定した。

6  再審被告登記官は、原判決が確定したことにより本件登記処分が取り消されるべきことを平成九年一〇月三一日付け通知書(日記第一六二号)により再審原告に対し通知し、右通知書は同年一一月四日再審原告に到達した(弁論の全趣旨)。

再審被告ら及び原裁判所が、右通知以前に、再審原告に対し、原訴訟が係属している旨を通知した事実はない(弁論の全趣旨及び原訴訟記録により明らかである。)。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

本件の争点は、(一) 再審原告が「判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法を提出できなかったもの」に該当するか否か、(二) 原訴訟において再審原告に対し訴訟係属の通知がされなかったことが原判決の無効事由となるか否かであり、これらの点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

1  争点1(再審原告が「判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法を提出できなかったもの」に該当するか否か)について

(一) 再審原告の主張

(1) 再審被告本澤が退社に同意していることについて

原判決は、再審被告本澤が退社を申し出、あるいは退社に同意したことはない旨事実認定をしている。

しかしながら、再審被告本澤は、平成七年四月一四日、退社届を再審原告の有限責任社員である本澤幸裕に手渡すことによって、また、同月二一日、タカラエンタープライズ(再審原告の関連会社)本社において、無限責任社員本澤裕國に退社届を直接手渡すことによって確定的に退社の意思表示をしていたものである。本澤裕國は、無限責任社員として、本件定款規定に基づき、他の社員の過半数の決議による退社の手続をとっているが、これは再審被告本澤から一任された退社の受理の手続にほかならない。

右のとおり、再審被告本澤は、自ら退社を申し出、あるいは退社に同意していたのであるから、原判決には、判決の結果に重大な影響を及ぼす事実誤認があるといわざるを得ない。

(2) 本件定款規定の解釈について

原判決は、本件定款規定は、商法八六条一項各号の除名事由の存在を要件とせず、裁判所の関与もなく、社員の過半数の決議のみによって特定の社員から社員たる地位を剥奪することができるとするものであるとして、右定款規定は商法一四七条、八六条一項に違反し、したがって、これに基づく本件退社決議も無効である旨判示している。

しかしながら、定款が会社の内部的な運営に関する根本規則であり、その内部的な運営に関する事柄については本来その構成員にゆだねられるべきものであることからすれば、定款の解釈に当たっては、単に、その定款の文言のみで解釈することは相当でなく、その構成員の意思を尊重して解釈すべきである。

再審原告は、再審被告本澤が自ら退社を申し出、あるいは退社に同意したので、これを前提に、本件定款規定に基づき本件退社決議をしたものであり、右定款規定のこのような運用からすれば、本件定款規定は、当該社員の退社の意思表示を前提に、他の社員の全員の同意がなくても過半数の同意によって退社できることを規定したものであって、他の社員の過半数の決議により、当該社員の意思にかかわらず、除名できることを規定したものではないと解するのが相当である。

合資会社において、社員は告知による退社(商法一四七条、八四条)の要件を充足しない場合も、総社員の同意によって退社することができるところ(商法一四七条、八五条二号)、特定の社員が自ら退社を申し出、あるいは退社に同意している場合において、この総社員の同意に代えて、他の社員の過半数の同意によって退社することができる旨を定款で定めることも許されるというべきであり(商法一四七条、八五条一号)、かかる定款の規定が除名の要件を定めた商法一四七条、八六条一項の趣旨に反しないことは明らかである。したがって、原判決には、本件定款規定の解釈、ひいてはその効力の判断に関し、判決の結果に重大な影響を及ぼす誤りがあるといわざるを得ない。

(3)ア 原訴訟においては、本件定款規定に基づく再審被告本澤の退社を登記原因とする合資会社変更登記申請に対して、再審被告登記官がした本件登記処分が、商業登記法一一〇条一項、一〇九条一項二号にいう「登記された事項につき無効の原因がある」場合に該当するかどうかが争点となったものであるところ、右規定にいう「登記された事項につき無効の原因があること」とは、登記によって公示された実体関係に無効の原因があることを意味する。

しかるに、前記(1)、(2)で述べたとおり、本件においては、再審原告は、再審被告本澤の退社の意思表示を前提に、本件定款規定に基づき他の社員の過半数による決議による退社の手続をとっているのであるから、本件定款規定に基づく本件登記によって公示された実体関係に無効原因は存在しない。

イ 再審被告らは、登記官の形式的審査権限を強調し、登記簿、本件登記申請書及びその添付書類に再審被告本澤が退社を申し出、あるいは退社に同意したことを示す記載がない以上、本件登記処分の違法性は、再審被告本澤の退社の意思表示が存在することを前提として判断すべきものではないと主張する。しかしながら、以下に述べるとおり、かかる同意の事実が右各書類に現れていないからといって、本件定款規定に基づく本件登記によって公示された実体関係について直ちに無効原因が存在するということにはならない。

すなわち、私法上の実体関係における有効・無効は、本来、その私法上の実体関係について強い利害関係を有する関係当事者間の民事訴訟で確定すべきものである。それにもかかわらず、商業登記法が、一一〇条一項、一〇九条一項二号において、「登記された事項につき無効の原因がある」場合に、登記官が職権で登記を抹消することを認めているのは、私法上の実体関係が関係当事者間の民事訴訟で確定するまでもなく明らかに無効である場合には、これを抹消することを認め、もって商業登記の信頼性を確保せんとするためであって、かかる抹消はそのための例外的措置というべきである。

したがって、右規定にいう「登記された事項につき無効の原因があること」とは、登記によって公示された実体関係に無効の原因がありさえすれば、いかなる場合においても職権による登記の抹消の原因となるということではなく、登記簿、申請書及びその添付書類に基づいて、民事訴訟による実体的確定を待つまでもなく無効であることが明らかな形式的な違法事由の存在が認められることを意味し、登記官は、かかる違法事由の存在が認められる場合にのみ職権で当該登記の抹消をしうるものであり、当該登記により権利を侵害される者は、この場合にのみ右違法事由の存在を看過した形式的審査に基づく登記処分に瑕疵があるとして当該登記処分の取消しを請求することができるものと解するのが相当である。

本件定款規定及びこれに基づく本件退社決議の効力をどのように解すべきかは、①本件定款規定の文言のみならず、再審原告の構成員の合理的な意思によれば、本件定款規定の趣旨をどのように解するのが相当か、②再審被告本澤が自ら退社の申し出、あるいは退社の同意をしていたかどうか、③本件退社決議が右退社の意思表示を前提としてされたものかどうかなど、その実体関係にも踏み込まなければ結論に達することができないことは明らかであり、本件登記に公示された実体関係については、その実体関係に強い利害関係を有する関係当事者間(再審原告及び再審被告本澤)の民事訴訟で確定されるべきものであり、民事訴訟による実体的確定を待つまでもなく無効であることが明らかな形式的な違法事由が存するとはいえない。

(4) 登記官の審査権限

原訴訟おいて、再審被告登記官は形式的審査権限を根拠とする適法性の主張をしていない。

しかしながら、登記官は、登記申請に対して実質的な審査権限を有しておらず、法令で定められた添付書類による形式的な審査権限しか有しないところ、前記(2)で述べたように、本件定款規定は有効と解される余地があり、かつ、これに関する判例及び行政先例は存在しないのであるから、本件定款規定が再審被告登記官にとって、諭理必然的に無効と判断することのできない事柄であることは明白である。

(二) 再審被告登記官の主張

(1) 再審事由があるというためには、「訴訟に参加することができなかったため判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法を提出することができなかった」(法三四条一項)ことが必要であるところ、右の再審事由に該当するかどうかは、再審原告の主張・立証が真実であるものとして(ただし、経験則に違反する場合を除く。)、その判決への影響、論理的正当性を調査すれば足りる。そして、右の再審事由があるというためには、攻撃又は防御の方法が従前の訴訟で提出されていたならば、当該訴訟の判決が第三者に有利に変更されていたであろうと考えられる場合でなければならず、したがって、従前の訴訟で攻撃又は防御の方法が既に提出され、既に判断されている場合や、従前の訴訟で提出されたとしても判決の結果が変わらない場合については、再審を求めることはできないと解すべきである。

(2) 右に述べたところを本件についてみると、次のとおりである。

ア 再審原告は、再審被告本澤は、自ら退社を申し出、あるいは退社に同意していたものであり、この点に関し、原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認がある旨主張する。

しかしながら、登記官は、登記簿、登記申請書及びその添付書類のみに基づいて、登記申請の形式的適法性についてのみ審査するいわゆる形式的審査権限しか有していないものである。したがって、右各書類の記載の外形から登記すべき事項に無効又は取消しの原因があると論理必然的に判断できる場合には、登記官は、右各書類に基づき自らの責任において一定の判断をし、登記申請に基づき登記を実行するかどうかの決定を行うべきであるが、仮に右各書類上現れていない事実が存在したとしても、登記官の審査権限は右事実の存否に対し及ばないから、右事実の存在を登記官が考慮していないことによって登記処分が違法となることはないというべきである。

本件では、再審被告本澤が退社を申し出ていた、又は退社に同意していたという事実は登記簿、登記申請書及びその添付書類に現れていないから、仮に再審被告本澤が退社を申し出ていた、又は退社に同意していたという事実が真実であったとしても、再審被告登記官の審査権限は右事実に及ばず、右事実の存在を再審被告登記官が考慮していないことによって本件登記処分が違法となることはなく、原判決が再審原告に有利に変更されていたであろうとは考えられないから、再審原告の右主張は失当である。

イ 再審原告は、本件定款規定は、当該社員の退社の意思表示を前提に、他の社員の過半数のそれに対する同意のみで退社できることを規定したにすぎないと解されるのであるから、商法一四七条、八六条一項の趣旨に反しないことは明らかであり、原判決には、本件定款規定の解釈、ひいてはその効力に関する判断に関し、判決の結果に重大な影響を及ぼす誤りがある旨主張する。

しかし、本件定款規定の効力の有無については、原訴訟で同様の攻撃防御の方法が既に提出され、既に判断されているのであるから、再審を求めることはできないというべきであり、再審原告の右主張は失当である。

ウ 再審原告は、登記官は、登記申請について形式的審査権限しか有しないところ、本件定款規定は有効と解される余地があるものであり、かつ、これに関する判例及び行政先例は存在しないのであるから、本件定款規定は、再審被告登記官にとって、諭理必然的に無効と判断することのできる事柄とはいえない旨主張する。

しかしながら、原判決は、「本件退社決議が本件定款規定に基づきされたものであること及び本件定款規定の内容は、本件登記申請書及びその添付書類の外形から明らかであるというべきである。そして、本件定款規定及びこれに基づく本件退社決議が商法八六条一項に違反し無効とならないかどうかは論理必然的に判断できる事柄であり、したがって、被告は右の点について判断し、それらが無効である場合には、本件登記申請について登記すべき事項に無効原因があるとしてこれを却下すべきであったというべきである。」と判示しているのである。

右のとおり、再審原告の主張については、原訴訟で既に判断されているのであるから、右主張がされていないことを理由に再審を求めることはできず、再審原告の主張は失当である。

(三) 再審被告本澤の主張

(1) 再審原告は、再審被告本澤が退社の意思表示をしたか否かについての事実認定が、判決の結果に影響を及ぼす旨主張する。

しかしながら、登記官は、登記簿、申請書及びその添付書類のみに基づいて、登記申請の形式上の適法性についてのみ審査する権限と義務を有するものである。かかる登記官の権限にかんがみると、登記処分の取消訴訟における審理の対象が、右形式的権限の範囲内において登記官が行った登記処分である以上、裁判所において、登記官の審査権限の範囲に属さない登記申請書等の書類以外の資料に基づいて登記処分の適否を判断すべきでないのは当然である。

本件においては、登記申請書等の書類の中には再審被告本澤が退社を申し出、あるいは退社に同意したことを示す記載はなく、本件登記処分の違法性は、再審被告本澤の退社の意思表示の存在を前提として判断されるべきものではない。したがって、本件登記処分の違法性を論ずるに当たり、本件登記申請書等の書類の記載を離れて実体関係における再審被告本澤の退社の意思表示の存在を前提とした主張をすることは意味がなく、再審被告本澤が、退社の意思表示をしたか否かの事実認定が、判決の結果に影響を及ぼすという再審原告の主張は全く理由がない。

(2) 再審原告は、本件定款規定は、当該社員の退社の意思表示を前提に、他の社員の過半数の同意によって退社できることを規定したものであって、他の社員の過半数の決議により当該社員をその意思にかかわらず退社させることができる旨を規定したものではないから、有効であると主張する。

しかしながら、本件定款規定の文言からして、同規定を社員の退社の意思表示を前提とする趣旨のものと解することはできない。また、再審原告自身、本件定款規定が除名規定であることを前提として本件登記申請を行っており、再審原告の構成員も、本件定款規定をその文言どおり除名規定として理解していたことは明らかである。すなわち、本件登記申請の際には、再審被告本澤が退社の意思表示を行ったことを示す書面は添付されておらず、添付された決議書においては、かえって、「同氏(再審被告本澤)を当会社から退社させることを決議した。」と記載されているのであり、再審被告本澤の退社の意思表示を前提とし、それに他の社員が同意するという体裁はとられていないのである。右のとおりであるから、本件登記処分が取り消されるや、突然本件登記申請時の自らの解釈を翻し、本件定款規定は除名を規定したものではないとする再審原告の主張は詭弁というほかない。いずれにしても、本件定款規定は、社員の除名を規定したものであることは明らかであり、商法一四七条、八六条一項に違反し無効である。

(3) 再審原告は、判例及び行政先例が存在しないことを根拠に、登記官は本件定款規定が無効であることを論理必然的に判断することができない旨主張する。

しかしながら、判例及び行政先例が存在しないから、本件定款規定を無効であると論理必然的には判断できないという主張は、それ自体意味不明であり理解に苦しむ。この点をおくとしても、仮に、判例及び行政先例が存在しない限り、登記官が登記事項について無効原因の有無を判断できないとしたら、登記申請書等の書類から登記事項に無効事由があることが客観的に明らかになった場合であっても、単に判例及び行政先例がないとの理由のみで、強行法規又は公序良俗に反する実体関係を公示する登記が放置され、登記制度に対する公共の信頼は大きく損なわれることになり、極めて不合理である。商業登記法二四条一〇号が「登記すべき事項につき無効又は取消しの原因があるとき」を登記申請の却下事由と定めている以上、登記申請書等の書類から無効原因のあることが客観的に判断できる場合には、それに関し無効であるとする判例及び行政先例がないという理由のみで、無効原因の存否の判断を回避することは許されないというべきである。

しかも、定款で追加した除名事由に基づく除名の有効性に関しては、合資会社の社員の除名を定める商法の規定が強行法規であり、除名事由の追加は許されない旨を判示した判例(大審院昭和一三年一二月一三日決定・民集一七巻二三一八頁)が存在するから、これに照らしても、再審被告登記官が本件登記事項に無効原因があると判断すべきであったことは明白である。

以上のとおりであるから、登記申請書等の書類の記載から明らかな再審被告本澤の退社登記の無効原因の存否の判断は、再審登記官の審査権限及び義務の範囲内にあることは当然であり、登記官が形式的審査権限しか有しないことは、本件登記処分を適法とする根拠とは全くならない。

2  争点2(原訴訟において再審原告に対し訴訟係属の通知がされなかったことが原判決の無効事由となるか否か)について

(一) 再審原告の主張

法は、訴訟の結果により利益を害される第三者の裁判を受ける権利(憲法三二条)を保障し、判決の正当性を担保するために、訴訟参加の制度を設けているところ(法二二条一項)、その制度趣旨からして、処分の取消訴訟が提起された場合、裁判所は、当該訴訟の結果に直接的かつ重大な利害関係を有する第三者に対し、当該訴訟の係属を通知すべき義務があるというべきである。

ところで、商業登記は、取引上重要な事実を公示し、同時に対外的な信用を表すものであり、また、定款は、会社の組織及び対内的業務に関する根本規則であって、会社にとって非常に重要なものであるから、会社の商業登記が取り消されあるいは定款が無効とされると、会社は、重大な損害を被るおそれがある。ことに本件においては、再審原告及びその関連会社と再審被告本澤との間には、日本のみならずアメリカ及び香港において多数の訴訟が係属しており、原判決の結果は他の事件に多大な影響を与える可能性もあるのである。

右のとおり、再審原告は原訴訟の結果に直接的かつ重大な利害関係を有するものであるから、原訴訟において、裁判所は、再審原告に対し、訴訟の係属を通知すべき義務があったというべきである。しかるに、再審原告に対し、かかる通知は何らされておらず、したがって、原訴訟には手続上の瑕疵があり、原判決は無効というべきである。

(二) 再審被告登記官の主張

法二二条は、「裁判所は、…職権で、決定をもって、その第三者を訴訟に参加させることができる。」として、第三者を参加させるか否かについて裁判所の裁量を許す形で規定している。しかも、処分又は裁決を取り消す判決(以下「取消判決」という。)によって権利を害される第三者で、自己の責めに帰することのできない理由により訴訟に参加することができなかったため判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法を提出できなかったものは、これを理由として、再審の訴えを提起することができる(法三四条)のであり、これによって右第三者に対し重要な攻撃又は防御の方法の提出の機会を与えないまま取消判決の効力を及ぼすことの不都合は救済されるといえるから、裁判所が第三者に対し職権で訴訟参加させる手続をとらなかったとしても、第三者の手続保障に欠けるとはいえない。右のとおりであるから、法二二条一項は、裁判所に対し、第三者を訴訟に参加させることを義務付けている規定ではないと解される。

したがって、再審原告が法二二条所定の「訴訟の結果により権利を害される第三者」に該当するとしても、裁判所が再審原告を職権で訴訟参加させなかったことは、原訴訟の手続上の瑕疵とはならないのであり、再審原告の主張は失当である。

(三) 再審被告本澤の主張

そもそも、法三四条は、自己の責めに帰すべき理由なく法二二条一項による訴訟参加ができなかった第三者に対し、その権利を救済するため再審の訴えを認めているのであって、これにより、再審原告の裁判を受ける権利は十分保障されている。したがって、再審原告に原訴訟の係属が通知されなかったことは、いささかも再審原告の権利を損なうものではなく、原判決には何ら手続的瑕疵は存在しない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(再審原告が「判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法を提出できなかったもの」に該当するか否か)について

1 第三者の再審の訴えについて規定する法三四条一項は、取消判決が確定した場合において、いたずらに再審事由を広げることは、法的安定性を害するのみならず、現実問題として、取消判決によって利益を受ける者の迅速な権利回復を妨げることにもなりかねないことから、再審事由を「自己の責めに帰することができない理由により訴訟に参加することができなかったため判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法を提出することができなかった」ことに限定しているものであり、その趣旨及び文理からすれば、「判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法」とは、攻撃又は防御の方法が従前の訴訟で提起されていたならば、当該訴訟の判決が第三者に有利に変更されていたであろうと認められる攻撃又は防御の方法をいい、従前の訴訟で既に判断されているものや、従前の訴訟で提出したとしても判決の結果が変わらないものは、これに当たらないと解するのが相当である。そして、右の再審事由の有無は、原則として、当該第三者(再審原告)の提出する攻撃又は防御の方法としての事実が真実だとした場合に、当該攻撃又は防御の方法が判決に影響を及ぼすことになるのか否か、その主張が論理的正当性を有するか否かによって判断すべきである。

2(一)  再審原告は、再審被告本澤は、自ら退社を申し出、あるいは退社に同意していたものであり、この点に関し、原判決には判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認がある旨主張する。

しかしながら、そもそも登記官は、登記簿、申請書及びその添付書類のみに基づいて、登記申請の形式的適法性についてのみ審査する権限しか有しないものであり、登記官のした登記処分の取消訴訟においては、裁判所は、右形式的審査権限の範囲内において登記官がとった権限行使の適否を審理判断すれば足りるのであって、登記官の審査権限の範囲に属さない右書類以外の資料に基づいて処分の適否を判断すべきではないと解するのが相当である(最高裁第三小法廷昭和六一年一一月四日判決・訟務月報三三巻七号一九八一頁参照)。

本件においては、本件登記申請書には、本件退社決議に基づいて再審被告本澤の退社登記をしたことが記載されているところ、本件登記申請書及びその添付書類中に、再審被告本澤が退社を申し出、あるいは退社に同意したことを示す記載がないことは当事者間に争いがないから、仮に、再審被告本澤が退社を申し出、あるいは退社に同意していたとしても、再審被告登記官が本件登記処分をするに当たり、かかる事実を考慮することは法律上許されず、裁判所においても、本件登記処分の適否を判断するに当たり、右事実を考慮することは法律上許されないものである。

したがって、再審原告の右主張は、その前提において失当であり、「判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法」には当たらないというべき、である。

(付言するに、再審原告は、再審被告本澤が退社に同意していたことを示す証拠として、同人が株式会社宝組並びにアメリカ合衆国を含む全関連会社の取締役を退任する旨の退任届(丙二)を挙げるが、株式会社等と委任契約に立つ取締役を退任することと合資会社の社員たる地位を失うこととは本質的に異なるから、右退任届をもって、同人が再審原告から退社する意思を表明したとみるのは困難である。)

(二)  再審原告は、本件定款規定は、当該社員の退社の意思表示を前提に、他の社員の過半数の同意によって退社できることを規定したにすぎないと解されるのであるから、商法一四七条、八六条一項の趣旨に違反しないことは明らかであり、原判決には、本件定款規定の解釈、ひいてはその効力に関する判断に関し、判決の結果に重大な影響を及ぼす誤りがある旨主張する。

しかしながら、本件定款規定の効力の有無については、原訴訟において、当事者間で争点となり、原判決は既にこの点に関して判断を示しているものである。

再審原告は、再審被告本澤が自ら退社を申し出、あるいは退社に同意したので、これを前提に、本件定款規定に基づき退社の決議をしたものであり、右のような場合に適用される限りにおいて、右定款規定及びこれに基づく退社の決議は有効と解すべきものであるかのように主張する。

しかし、本件においては、本件登記申請書及びその添付書類中に、再審被告本澤が退社を申し出、あるいは退社に同意したことを示す記載がないこと、再審被告登記官において本件登記処分をするに当たり、かかる事実を考慮することが法律上許されず、裁判所においても、本件登記処分の適否を判断するに当たり、右事実を考慮することが法律上許されないことは既に説示したとおりであって、再審原告の右主張は、その前提において失当であり、「判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法」には当たらないというべきである。

3(一)  再審原告は、原訴訟おいて、再審被告登記官は形式的審査権限を根拠とする適法性の主張をしていないが、登記官は、登記申請に対して実質的な審査権限はなく、法令で定められた添付書類による形式的な審査権限しか有しないところ、本件定款規定は有効と解される余地のあるものであり、かつ、この点に関する判例及び行政先例が存在しないのであるから、本件定款規定は、再審被告登記官にとって論理必然的に無効と判断することのできる事柄とはいえない旨主張する。

(二)  しかしながら、たとえ再審被告本澤が退社に同意していたとしても、再審被告登記官及び裁判所において右事実を考慮することはできず、したがって、再審被告登記官及び裁判所において、本件定款規定を有効と判断する余地のないことは前記2で説示したとおりであるし、また、本件定款規定及びこれに基づく本件退社決議の効力の有無が再審被告登記官にとって論理必然的に判断できる事柄であることについては、原判決で既に判断されているところである。そして、商業登記法二四条一〇号が「登記すべき事項につき無効又は取消しの原因があるとき」を登記申請の却下事由と定めている以上、登記申請書等の書類から無効原因のあることが客観的に判断できる場合には、それに関し無効であるとする判例及び行政先例がないという理由のみで、無効原因の存否の判断を回避することは許されないというべきである。

したがって、再審原告の右主張は、「判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法」には当たらず、失当である。

4  以上によれば、再審原告は「判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法を提出できなかったもの」には該当しないというべきである。

二  争点2(原訴訟において再審原告に対し訴訟係属の通知がされなかったことが原判決の無効事由となるか否か)について

1  再審原告は、再審原告は訴訟の結果に直接的かつ重大な利害関係を有する第三者に当たるから、裁判を受ける権利の保障(憲法三二条)及び訴訟参加の制度(法二二条一項)の趣旨からすれば、裁判所は、再審原告に対し、訴訟の係属を通知すべき義務があったというべきところ、再審原告に対し、かかる通知は何らされておらず、原訴訟には手続上の瑕疵があり、原判決は無効である旨主張する。右の主張は、法三四条一項に規定する再審事由に該当するものとは認められないが、仮にその主張が正当であるとすれば、右規定の準用ないし類推適用により再審事由としうるものと解する余地があるので、その当否について判断を示すこととする。

2  そこで、検討するに、法二二条一項は、裁判所は、訴訟の結果により権利を害される第三者があるときは、当事者若しくはその第三者の申立てにより又は職権で、決定をもって、その第三者を訴訟に参加させることができる旨規定しており、右の第三者を訴訟に参加させるか否かについて裁判所の裁量を認めているのであって、かかる第三者に対し、訴訟係属を通知すべき義務を明文で定めている規定は存在しない。また、法三四条一項は、取消判決により権利を害された第三者で、自己の責めに帰することができない理由により訴訟に参加することができなかったため判決に影響を及ぼすべき攻撃又は防御の方法を提出することができなかったものは、これを理由として、再審の訴えを提起することができる旨定めているのであって、自己の責めに帰すべき事由もなくして訴訟に関与する機会を持たなかった者については救済の途が開かれているのである。

右のような法の仕組みに照らせば、裁判所において、訴訟の結果により権利を害される第三者に対し、訴訟係属を通知する義務がないことは明らかというべきであり、このように解しても憲法三二条に反するものではない。

したがって、原訴訟において再審原告に対し訴訟係属の通知がされなかったからといって、その手続に瑕疵があるということはできず、原判決の無効事由となるものではないから、再審原告の右主張は失当である。

三  結論

以上の次第で、本件再審の訴えは、再審事由が認められないから、これを却下することとし、再審訴訟費用の負担について、法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青栁馨 裁判官増田稔 裁判官篠田賢治)

別紙<省略>

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